Alberto Giacometti


 この映像の中での会話は本に書かれてあることとほぼ同じである。闇が怖くて朝日が差すまで寝れないのは私も同じだ。顔が小さくなるのも全体が細くなるのも本に書かれてある通りだ。現実をより忠実に見た結果ああいう形になるのだ。既製観念を捨てること。等身大で人間を見ることができないこと。ジャコメッティは人間がものを見るということを疑う。見ることをもう一度作り直す。物の存在のありかた。物の存在の認識のありかたを探っている。

 原点回帰。再びジャコメッティの本を読み返す。あらためて考えた。いつのまにか私は形に囚われていた。形を作ろうとして形は生まれない。形は何らかの軸になる必然があってこそ生まれるのだ。フォークやナイフやスプーンが何故あの形になったか。初めからああいう形があったわけではない。あの形でなければならない必然があったからだ。

 表現すること。表現することを表現するようになってはならない。表現する必要の無いときは表現しなければいい。形を追ってはいけない。私はもっと未知の世界へ飛び込まなくてはならない。わけのわからない世界へ。常識の通用しない世界へ。私はいつしか普通の言葉を使い普通の会話をすることに喜びと安心を感じていた。普通の笑顔。普通の幸せ。皆が信じる思考停止の既製観念の世界は恐ろしく居心地が良いのだ。しかしそれは全てまやかしである。ミイラトリガミイラニナルコトモアルノダ。

 私はもう一度死ななければならない。自分が何者なのか全くわからない状態へ戻らなければならない。何をわかった気でいたんだろう。私は阿呆になっていた。何もない。私は何者でもない。それなのに私はこうであると思いこんでいた。私はまだ何もやっていないし何者にもなれていない。いや、永遠に何者にもなれないということを知るべきだ。私が私であることは、私が何であるかを探し続けることでしか成り立たない。


September 08, 2009